◆  コラム その六三(神の木々)

 凍てつくような厳しい寒さも和らいで、三寒四温を体感できる時期が到来し、都内では梅が咲き、梅花の香りと共に春らしさを感じられる季節となりました。出雲大社東京分祠においても、昨年に挿し木をした雪柳が開花し始め、同様に挿し木した桜にも花芽がつきまして、参詣の方々と共に小さい桜花を楽しみにしております。
 ご承知の通り東京分祠は、東京・六本木という世界的な都会地に所在しており、神社一 般にある「鎮守の森」を形成する土地を確保するのは難しく、そもそも土地を水平に利用することが現実的ではない環境にあります。ならば立体的にと思うところですが、出来あがった建物を模様替えすることは至難のことであり、第一に排水や耐久性などの安全面の確保が担保されない状態にあります。それだからといって無機質な境内では神慮に叶わず、様々に思案しましたが、今できる事として、ここ2〜3年にわたり榊を中心に挿し木をし、鉢植えで育成しております。

 北てつくような厳しい寒さも和らいで、三寒四温を体感できる時期が到来し、都内では梅が咲き、梅花の香りと共に春らしさを感じられる季節となりました。出雲大社東京分祠においても、昨年に挿し木をした雪柳が開花し始め、同様に挿し木した桜にも花芽がつきまして、参詣の方々と共に小さい桜花を楽しみにしております。
 ご承知の通り東京分祠は、東京・六本木という世界的な都会地に所在しており、神社一 般にある「鎮守の森」を形成する土地を確保するのは難しく、そもそも土地を水平に利用することが現実的ではない環境にあります。ならば立体的にと思うところですが、出来あがった建物を模様替えすることは至難のことであり、第一に排水や耐久性などの安全面の確保が担保されない状態にあります。それだからといって無機質な境内では神慮に叶わず、様々に思案しましたが、今できる事として、ここ2〜3年にわたり榊を中心に挿し木をし、鉢植えで育成しております。

 この「さかき」という表記にはいくつかの説がありますが、代表的なものとして次のものが挙げられます。
 (イ)「栄木」という説。
 (ロ)「境木」という説。
どちらかが正しいという訳ではありませんし、同じく論理的正当性があるということでもありません。簡単に説明しますと「栄木」は、常に緑をたたえ繁茂している様から、「栄える」という語と結びつけて考えられたものです。「境木」は、文字通り境界を示しており、都内の神社では明治神宮の鳥居には「境木」が付帯されております。
 また、神事に用いる由緒を神話に求めると、天照大御神が天石屋戸(あめのいわやど)におこもりになられた時に出自します。天照大御神が天石屋戸におこもりになられると「萬の妖(わざわい)が悉におこり」善からぬ状況に困り果てた八百万神々が天安之河原(あめのやすかわら)に集い思案し、お出ましを願う時に「…天香山の五百津眞賢木(いほつまさかき)を根こじにこじて…」上枝には立派な玉を、中枝には八咫鏡(やたかがみ)を、下枝には白にぎて・青にぎてを取り付けてお供えをし、祝詞を申し上げ、アメノウズメ命が神懸かりをして舞を供すると天石屋戸からお出になられた縁起があります。

ここまでの話をまとめますと、神社に榊が必要である理由として
   1、常緑樹の特有の生命観が、御祭神の御神威を象徴している。
   2、その生命力をもって、聖・俗との境界を示す。
   3、聖・俗の境であるがゆえに、神と人のつながりをも表すもの。

榊は、上代においては神事に用いられる常緑樹の総称であり、その機能は聖界と俗界、神と人をつなぐ「境」を示し、かつその周囲が神域であるという事を示す二重の構造を持った「境界の木」であり、生命力溢れる常緑樹はまさに神の木として相応しいものであったという事です。
 このほかにも神社の由緒によって様々な樹木が大切にされていますので、興味がある方は、先ずは氏神さまへお参りしてみましょう。