◆  コラム その六四(神の木々2)

 日に日に春に近づき、何とはなしに嬉しいような楽しいような、晴れやかな気持ちになる今日この頃です。以前に紹介しました東京分祠の桜も開花し、小さくかわいい花ではありますが、力強い生命を感じます。一方で、この時期は「花粉症」なる季節的アレルギーが起きる方も多いのではないのでしょうか。街ゆく人も眼鏡やマスクなど、防御策に余念のない方を多く見受けます。
 さて、前回コラムでは、榊は「栄木」・「境木」でもあるというお話をしましたが、説明不足の部分がありますので、「神の木々」の続編ということで、今回も神社における榊とは如何なる存在であるかを勉強していきたいと思います。
 神社における榊は、繁栄あるいは豊かな生命を象徴し、聖・俗の境界であり、つながりを表すものでもありますので、神社の境内には、その聖域を保つために榊が植生していることが多いのですが、こればかりではなく、「賢木(さかき)」としての意味もあります。岩屋戸神話で奉献された「眞賢木」(前回のコラムを参照して下さい。)、あるいは仲哀天皇の筑紫へ行幸された際にも「…五百枝賢木(いほえのさかき)をこじ取りて、九尋船(ここのひろふね)の舳に立てて…」奉献した記述があります。端的ですが、この場合の「さかき」は、神々のお出ましを乞い願う「依代(よりしろ)」としてのしるしの意義も帯びてきます。つまり依代を立てるということは、清浄に浄めて慎んで神に奉仕する、すなわち祭祀を厳修することを意味します。
 悠久の彼方より依代を用いた祭祀があります。神代から継承されている祭祀形態に、神籬(ひもろぎ)・磐境(いわさか)祭祀があり、天孫降臨※1の際には高皇産霊尊(たかむすびのみこと)が「吾は則ち天津神籬(あまつひもろぎ)及天津磐境(あまついわさか)を起樹(た)てて、當(まさ)に吾孫※2(すめみま)の為に斎ひ奉らむ。汝天兒屋命(あめのこやねのみこと)・太玉命(ふとたまのみこと)、宜しく天津神籬を持ちて、葦原中國に降りて、亦吾孫の為に斎ひ奉れと。」と詔をされました。
 崇神天皇の御代※3には、天照大御神を御所において祭祀されていましたが、その神の御神威を畏れて共に住むことができず、ついに豊鍬入姫命に委託して、倭の笠縫村にてお祭することになりました。この時に「よりて磯城神籬(しきひもろぎ)を立て」たまいました。
 現代では、御神体を社殿で祭祀するのが常識的になっておりますが、地鎮祭などの臨時祭典を執り行う場合には、特定の場所に忌竹を立て注連縄を廻らして聖域を確保して、神籬を立てて神の御降臨を願ってから斎行します。上代さながらの祭祀形態は今日においても、なお息づいています。
 すこし難しくなりますが、磐境という聖域を形成し、そこに神籬を立て、神の降臨を祈念して祭祀を奉仕する。この時、神籬がまさに「ひもろぎ」としての性格を帯びたならば、神の御霊と人の魂とが帰一(「合一」とも云い、一つに合わさる事。)し、さらには奉仕する人々の魂をも一つになり、神道的理想の「神人合一」の状態になります。ですので、神籬として立てた常緑樹が、霊的=「ひ」・諸々=「もろ」・樹木=「き」の本義通りになります。つまり、祭祀における神籬・磐境とは、神と人々の“いのち”が一つになった聖域にある常緑樹のことをさし、その樹木を「栄ゆる木」=「栄木」ともいいます。
 しかし、日常的には、磐境の内にあるのは「神」であり、磐境の外にいるのは「人」です。常時、磐境によって神と人は分け隔てられているが故に、「神」は神として御神徳を発揚され、「人」は人としての本分を尽くすことができるのです。ここもやや難解なところですが、これを家族関係に置き換えますと、「親」があるからこその「子」という関係性に近似します。最近では友達のような親子というのが流行しましたが、これは「親」と「子」が、それぞれの果たすべき務めを全うするからこそ成立する関係であり、その結果として「友達」のように見えるのであって、この道理が違えば家族ではなく、ただの同居人ということになります。また、会社を例とすれば、上司が上司としてあるが故に、部下は部下としての働きができ、同時にそれぞれの部門が役割を果たすからこそ、いのち≠る会社として力強く脈をうつのです。
 本来的には「神」と「人」とは、親子のように別々の存在ではなく、合一した関係にあります。人の人たる所以は神の御神徳を得て、その徳を顕現するところにあります。つまり、人は神の御神徳・御神意を表現するところに本分があります。
 「榊」と一口に言っても種々な性格があり、時・場所・場面によって複合的に捉えることができ、意味合いがグラデーションのように変化します。だんだんと神社というよりかは「神道」という度合いが強まってきましたが、「榊」についてのあれこれについては、今回はここまでとします。次回は、別の視座からもみてみましょう。


※1… 『日本書紀』第2巻(神代 下)の第二の一書によります。
※2… 吾孫 ― 皇孫のこと
※3… 『日本書紀』第5巻によります。