◆  コラム その六八(心の糧)
 毎日の食事をとる時にいただきますと手を合わせ、ごちそうさまと箸を置く。感謝の心がこもった素晴らしい習慣であります。幼い時より行うこういった習慣は、私達に心の豊かさを育んで下さいます。しかし、日々の生活の中で食材を得る労力というのは、特に都市部に住む程に意識をする機会が無くなっていきます。
 毎朝コンビニエンスストアには沢山のパンやお弁当が並び、スーパーマーケットには連日数多くの生鮮食品が陳列されています。物に囲まれ、物がある事が当たり前になった結果、衣食住が満たす事は当然と考え、食べる事と生きる事が解離しはじめました。日々の糧を得ると言う言葉に実感がこもらなくなり、食事は生きる為の行為から、商品を選択する作業と考えるように成っていったように思われます。
 数年前ですが、学校給食に於いて保護者が「いただきます」や「ごちそうさま」を言わせるのはおかしいと学校に対して申し出た事が、一時話題になりました。その方の言い分は、「給食費を払って食べているのに学校に感謝を強要されるのはおかしい」と言うものでした。対価に対して商品が提供されるのは当たり前であり、販売者と購入者の間には金銭で作られた売買の関係性を求めているのであります。手に入れたものがどういった経緯で産まれて世の中に出回っているのかを考えておりません。
 商店に出向き気軽に購入できる全ての物が、一日の大半の時間を使い、何日もの期間をかけて生みだされています。店内にある一つ一つのものに一体どれだけの人が直接、または間接的にでもかかわっているのでしょうか。かかわりあう誰かが欠けても、いつも通りに供給することが出来なくなってしまうのです。
 一人ひとりが自身の行うべき事を全うすれば、どこかの誰かがいつもの仕事を全うできます。自身が日々の糧を得る為に行う事は、誰かの糧を育む事になっています。このかかわり合いが健全であることで、社会が社会として全うに機能をし、人、物、場所がお互いに結ばれている有り難さこそ、親神大國主大神様の御神徳の一つであります。
 御存知と思いますが、「いただきます」とは「もらう」を敬語表現した言葉であります、上位の者や神仏に供えた物を頭上近くに捧げ持って、受け取った事からきた言葉とされております。なかなかに今日では物を頂く様というのは想像が難しいですが、私共の身近な事で言えば、卒業証書等を受け取る際の所作は、保護者、教師、地域社会より与えられた大切な物を頂戴している様であります。
 「ごちそうさま」は、馳走の言葉の通り。食材を集める為に走り回る事をさし、そのことに感謝を示した言葉とされております。冷蔵庫等の食材を長期に保管するすべが無かったころの苦労が偲ばれます。
 茨城の民芸品に農人形というものがあります。水戸の九代藩主でありました烈公こと徳川斉昭(とくがわなりあき)の作られたものであります。烈公は自身が食事の際に米を一箸農人形の笠の上に供へ、「朝な夕な飯くふごとに忘れじなめぐまぬ民にめぐまるる身は」と歌を唱えて農作業の苦労を偲ばれたのです。この人形を、家老以下全ての侍に渡され、食事の際は人形を膳の上に置き、ご飯をお供えして、お礼を言ってから食事をしなさいと命じました。
 武士は俸禄を貰って生きていた時代です。藩はその土地を治めそこに住む人はその土地にて庇護を受けるのに年貢を納め、その年貢が武士の俸禄と成ります。烈公は、武士にその俸禄を作っている人に感謝をして過ごしなさいと言っているのです。その俸禄は、単に労働に対するものではなく、誰が作り何故自分のもとに来るのかをよくよく考え、しっかりと勤めなさいという祈りが込められています。
 私達が過ごす日々は、家事に仕事に学業にと多忙であります。物に慣れてしまい、その物がどうして有るのかを考える事が無くなります。日々の季節は廻り気温が変化しているのに、物がある事が当たり前と感じる事は、心の鈍化に他なりません。当たり前の日常では、自身が生かされている事を意識することは難しく、ともすれば己自身の才気によってのみ、今を生きていると考えてしまいます。
 生きるという事は、多くのものに生かされているという事であります。自分の命も周りの命も等しく、尊い価値のあるものだと気付く為には、どうしてそこに物があるのか疑問に思う事が大切です。私達の当たり前の為に、どれだけの行程があるのか考えることは、心を育む糧と成るでしょう。
 「いただきます」「ごちそうさま」の意味は、考えようとして始めて疑問に思うものであります。単純に号令の一つではなく、食物への尊崇の念が含まれ、さらには調理者への感謝まで表すのです。この尊い表現を伝えて行くことに、教育の原点が在るように思えて仕方ありません。