こちらのページでは、皆様からよく頂く質問にお答えいたしております。
Q1 年間行事に出ているお祭りには誰でも参加できるのですか?
できる場合は、なにか条件などがあるのですか?
A 月次祭・甲子祭はどなたでもご参列頂けます。十時すぎ頃より始まります。
お清めのお祓いのあとに、二拝四拍手一拝の作法で拝礼し、全員で謝恩詞を奉唱します。次いで斉主の祝詞奏上があり、一拝の後、神語を全員でお唱えします。次いで二拝四拍手一拝で、拝礼致します。
常日頃、御守護いただいています御親の大神さまへの感謝の御祭事です。お気持ちで御神前に御初穂をお供え下さい。

大祭は大変混み合いますので、初めての方は先づは何度か月次祭にご参列なされた方がよいでしょう。祖霊社大祭は、斎家の方のみのご参列となりますので、ご了承願います。
Q2 神社では普通2回手を叩きますが、出雲大社はなぜ4回叩くのですか?
A 人によりいろいろな説明がありますが、私どもの一つの考えを記します。
中国の史書『魏志倭人伝』によると、およそ1800年ほど前の日本人が手を打って貴人に対して敬意を表していたとされています。このころから、手を打つことは神や貴人に対しての感動・敬意の表現方法であったことが解ります。
平安時代にはいると、貴人に対する拍手は行われなくなり、もっぱら神様の作法と考えられるようになってきます。
一般神社で二拍手に統一されたのは、明治初期に神社祭式が統一されてからのことで、それ以前は神社によってまちまちでした。
特に由緒ある神社や社格の高い神社では、拍手の数が多い古くからの祭式が今でも行われています。
例えば、伊勢神宮では神職は八拍手をしておりますし、宇佐八幡では四拍手です。出雲大社でも古くからの祭式が残っておりますので、四拍手で拝礼しているのです。
また、出雲大社例祭の勅祭日や出雲大社教大祭、東京分祠の大祭など重要な祭典では、八開手といい、手を八回打つことになっています。
このことから、明治以前の伝統的な祭式では、社格の高さや祭事の重さによって、拍手の数をかえていたと推察されるのです。
「手を打つことは拝む礼をおもくする姿であり、また思う心を深くあらわすもの」ですから、出雲大社で四拍手をするというのは、心をこめて重ね重ね丁寧に拝むという気持のあらわれと考えられます。
Q3 玉串とは何ですか?
A これもいろいろな説がありますので、どれが正しいというわけではありませんが、私どもは以下のように考えております。
玉串は「たまぐし」と読みます。玉とは霊のことで、串とは奇に通じ、霊妙、不可思議な働きを意味しております。神の霊威と私どもの霊魂を貫いてひとつに結ぶ串のことを玉串とよんだのでしょう。
この意味から拝礼作法は、玉串の根本を一旦持ち、その根本を神の方へ返し、案の上に置くことが重要なのです。
単なる捧げものならば、手がついたところを神の方へ向けることは失礼にあたります。神を大きな樹木と考え、そこから出ている枝葉が私どもとすると理解しやすいと思います。
すなわち、玉串拝礼は神のもとに還っていく自分の姿、精神的に神の境地に還っていくことをあらわしているのです。
玉串拝礼したがって、出雲大社では一般神社のように玉串奉奠と言わず、玉串拝礼といいます。 自己の霊魂の働きをよみがえらせて、正しく立ち栄えるためには、御親の大神さまのみもとに還って、ご神威をいただかなくてはなりません。そのための玉串拝礼なのです。 そして自然にその玉串を神のみしるしとして信仰し、守護して頂けるものと考えるようになり、神棚にまつられるようになりました。後に、次第に形を変え、皆様がご家庭におまつりされています御玉串になったのです。
Q4 ご祈祷の時の金額はよく「お気持ちで」とか「....円より」とか表示してありますが、結局いくら位支払っていいのか分かりません。
A 信仰は物品の売買ではありませんので、御初穂や賽銭を支払うというのは適切な表現ではありません。
お金をあげれば御利益があるという考えは卑俗な考えで、常にご恩報じの気持を忘れずに、神の御守護に対する感謝の気持ちをあらわすためにお供えするものなのです。
古くは最初に収穫した稲穂を神様のお蔭に対する感謝の気持ちとしてお供えしていたので、御初穂といわれるようになりましたが、経済活動の変化と共に次第に金銭を供えるように変遷していきました。
それではお米や金銭をなぜ御神前にお供えするのでしょうか?
これらは、我々の生命を保つ大切なものです。その大切なものをお供えするというのは、その真心を神様に示し、自分自身を神様に全託する象徴的行為と考えられます。
神さまに対する感謝の気持ちですので、幾らとかぎったものではないのです。逆に、御祈願の場合は、その願いに対して自己のまごころと真剣さがどれくらいなのかを問われているともいえます。
よく身銭を切るということをいいますが、本当に自分の一部を神様に捧げていると考えれば、個人個人の経済状況に応じてですが、その願い事に対して自分が真剣なのだという気持を示せるくらいの金額をお供えしては、如何でしょうか。
また、神社によって御祈祷などの場合は、ある程度目安の金額が示されてもいます。もちろん、金銭の多寡によって神様が願いをかなえてくれるわけではありませんので、自己のまことの表現として身分相応の額をお供えすればよいのです。
くれぐれもご注意申し上げたいのが、御利益信仰に陥らないようにということです。
神さまの御心を受け継いで、自分も軌道に乗りますからどうか自分を導いてくださいという謙虚な気持が大切なのです。
Q5 家の祖母は寝たきりなのでお参りに行けません。自宅に来てご祈祷して頂けますか?
A 神社によって対応の違いがあると思いますが、東京分祠では地鎮祭や宅神祭などの現場で行わなくてはならない祭事以外は、お伺いすることは致しておりません。
こういう方の場合、身内か知人に代理参拝を依頼されるか、「郵送祈願」をされては如何でしょうか。
Q6 出雲大社の神様は縁結びの神様ということですが、恋愛の神様なのですか?
A 神代の昔、大国主大神は夫婦の縁結びの範を示されただけでなく、旧暦の10月には全国の八百万の神々が出雲大社に参集され、大神様の御許で諸々の縁結びの御神議をされるという故事により縁結びの神と称されるようになりました。
このことから、男女を結ぶ縁結びの神ということで恋愛の神を連想されたのではないでしょうか。
しかし、縁結びとは単に男女の縁を結ぶという狭い意味ではありません。
大神さまのむすばれる御縁は、あらゆるものとの繋がり、人倫の続き合いを意味し、私どもが立派に成長して、社会が明るく楽しいものであるようにとお互いの幸福のためのすばらしい縁がむすばれるということなのです。
男女の縁はその幸せに結ばれる縁の始まりでありますが、恋愛の神様と考えるよりも、大きな愛情であらゆるものを慈しみ、育んで下さる親のような神さまといえるでしょう。
このことから、我々は大国主大神を「御親の大神」「親神さま」と称して親しんでおります。
Q7 ダイコク様と大国主の大神は同じ神様なのですか?
A 仏教でいう大黒天は、もともとはインドのマハーカーラという戦闘的な夜叉で大国主大神とは何の関係もありません。
江戸時代に七福神信仰が流行すると大国という文字がダイコクと読めるところから、俗信では同じ神とされるようになり、次第にダイコク様といえば、もともと福の神として有名であった大国主大神のことをいうようになりました。
我々は親しみをこめて、ダイコク様とおよびすることはありますが、仏教でいう大黒天とは区別をしております。
Q8 家には仏壇があるのですが、お札などを貰ってきても置くところがありません。
どうすればいいでしょうか?
A 仏壇のあるくらいのお宅でしたら、相応した神棚を設けられては如何でしょうか。
我が国は敬神崇祖の国柄ですので、神さまとご先祖さまをおまつりするのが正しい信仰のあり方です。
その場合、神さまとご先祖様には区別がありますので、神さまを上位にして、それぞれ別の場所におまつりするようにしてください。
Q9 神棚の祭り方が分かりません。
A 神棚は清らかで明るく静かな高い所にお祀りします。また、家族の人が親しみやすく、お供えをしたり、拝むのに都合がよい場所であるのが望ましいでしょう。
神棚の方向は、南あるいは東向がよく、大きさは適宜です。二階のある家では、神棚の上を頻繁に人が歩くところは避けなければなりません。
お供えの仕方など詳細は長くなりますので、適宜、神社もしくは神具店にお尋ね下さい。
Q10 神様と仏様、どちらがご利益があるのですか?
A 我が国は敬神崇祖の国柄ですので、神さまとご先祖さまの両方をお祀りするのが正しいあり方です。
一般のご家庭では、神祭は神道で先祖供養は仏教で行われているのが普通です。皆様のところも神棚と仏壇もしくは御霊舎の両方があるお宅が多いのではないでしょうか。
このように伝統的に神道と仏教は相補う関係にありました。
どちらかが欠けていると天地人が整わないわけで、安定しないのではないでしょうか。
したがって、どちらがご利益があるかというご質問はおかしなもののように思われます。
また、私どもは他宗教との比較もいたしておりません。
先祖の御霊を神道でお祀りしている方もおられるでしょうが、ご家庭の伝統に従い、敬神崇祖のまことをもって、日々感謝のこころで気持良く信仰を続ければ、必ず神のご守護はあるものです。
欲にかられてご利益信仰にはしると足下をすくわれかねませんので、ご注意申し上げたいところです。
Q11 神道の方たちのお葬式ってどういうお葬式なのですか?
亡くなった方に戒名とかつけるのですか?
A 日本人の多くは家庭の信仰は仏教であるというでしょうが、その中身は祖先を拝む供養が中心となっている信仰です。
この祖先祭祀は、仏教渡来以前の日本人の生活習慣によるもので、祖先を大切にし、祖先を偲ぶことが、人として最も大切であるという信仰は、日本人の精神生活の大切な要素となっています。
神葬祭の意義は、故人の遺骸は墳墓におさめ、その霊は幽世に帰り、先祖の霊とともに一家の守護神として祀ることにあります。
出雲大社の御祭神、大国主大神は「幽冥主宰大神」として、目に見えない世界、幽世を治められる御神徳をお持ちです。
幽冥主宰大神の霊力にふれることで、既に幽世に鎮まられているご先祖と固く結ばれて、安らかに幽冥主宰大神のお側近くにお鎮まりになります。そのためには祭祀を怠りなく奉仕することが大切です。
神葬祭では焼香のかわりに玉串拝礼を行い、忌明けまでは柏手は音をたてないようにしのび手で打ちます。また、戒名は必要としません。細かい点は、地方などによって違いがありますので、その時々にお尋ねになるのがよいでしょう。
この「幽冥主宰大神」の御神徳を仰ぎ、みたま祭を出雲大社祖霊社で奉仕する家を斎家といいます。
Q12 色んなお守り(木の札とか、肌守りとか、紙のとか)がありますが、何が違うのですか?
また、どういうふうに使用していいのか、有効期限はあるのですか?
A お札といい、お守りというのも、神のみしるしとしていただき、これを通して信仰を表明し、また神の霊力にふれ、ご守護いただくもので、物理的な材質に拘泥するものではありません。
社会生活が複雑になるにつれて、その種類も多くなっていったものでしょうから、必要に応じてうけられればよいでしょう。
有効期限という考え方も即物的でいただけませんが、神棚に祀るお札は、毎年新しくされた方がよいでしょう。
お守りなども毎年替えられるのがよいでしょうが、特定の願い事をした場合、それがかなうまで持っている方もおりますので、それぞれのお考えで決めて下さい。
Q13 何年も前のお守りが出てきました。どうすればいいでしょうか。
A お近くのお炊き上げを行っている神社にお納め下さい。
Q14 「お礼参り」って、なにか具体的にお礼の方法があるのですか?
また、お礼に金額とかあるのですか?
A 人様に頼み事をして御礼を言わなければ失礼にあたりますが、同様に神さまに願い事をしてかなえられた場合は必ずお礼参りをすべきでしょう。
その場合、大切なのは感謝のまことを捧げてお参りするということであって、作法とか金額が問題なのではありません。
枝葉のことに拘らずに素直な気持でお参りすればよいでしょう。
Q15 出雲大社で結婚式をあげたいのですが、どこに問い合わせればいいのでしょうか?
A 直接、出雲大社にご連絡下さい。
問い合わせ先は
〒699-0701
島根県出雲市大社町杵築東195 出雲大社結婚式場
電話番号 0853-53-2063です。
なお、リンク先の出雲大社ホームページもご参考にして下さい。
Q16 東京分祠で手作り結婚式をあげたいのですが、着替える場所などありますか?
また、自分たちで着付けなどを行う場合、持ち込み料金などが必要でしょうか?
A 手作り結婚式ということですが、当社では挙式のみで、披露宴や会食はできません。
衣装などは業者をご紹介いたします。
詳しくは結婚式のページをご覧下さい。
Q17 神様同士の相性があって、お守りは相性のいい神社で買わないと、ケンカをしてご利益がないと聞きました。本当ですか?
A 神様同士がけんかをするようなことはありませんので、このような話は俗説・噂話のたぐいでしょう。
ただ、お守りなどをあちらこちらで沢山もとめて粗末にするといけませんので、ご自分がよいと思われた神社のものを一つうけられればよいのです。
Q18 おみくじって、持ってかえっていいですか?また、持ってかえってしまった場合、どこに捨てればいいのでしょうか?
A 一般的におみくじは社頭のおみくじ掛けに結ぶものですが、よいものであったり、書かれている教えなどが気になるものでしたら、持ち帰ってもかまいません。お財布などにいれて大切に持ち歩き、時々見直してみるのもよいでしょう。真剣な気持で謙虚に反省する気持であれば教えられることも多いものです。
また、捨てるという行為は不敬にあたりますので、必ずお近くの神社に納めるようにしましょう。
Q19 この前神社に行ったとき、お賽銭を景気よく投げ入れたら、知らないお年寄りに「お賽銭は投げるな」と注意されてしまいました。どこでもみんなやってることなのに、いけない事なんですか?
A この方は、神さまに金銭を投げつけるなんて失礼だと思ったのでしょう。確かに御初穂料として包んでいったものを投げ入れるのは失礼にあたりますが、お賽銭の場合はよいのです。
散銭とか散米といって金や米をまき散らしたり、投げたりする古い風習があります。打撒きともいい、悪魔災難を祓うものとされています。 これは神さまより恵み給わった財物をむさぼらないで、広く頒ち与えることで、徳を積み、災いを消し、平安を得るという理に基づくものです。今でも、上棟祭の時などに行われているところもあります。 賽銭を投げるというのはこの風習から来ているもので間違いではないのです。
むしろ、問われるのはその心でしょう。
Q20 家はもともと仏教なのですが、私は神様好きなので神道に変えたいのですが、どうすればいいでしょうか?
A 日本人として生を受けたのであれば、誰もが神道の氏子ですので、改めて神道に入る必要はなく、神棚を設けて信仰されればよいでしょう。
一般のご家庭であれば、神棚と仏壇と両方あるのが普通ですので、ご先祖のお祀りを止めてしまうのではなく、伝統にしたがって両方お祀りされては如何でしょうか。
御霊祭を神葬祭でということでしたら、御墓所の問題もあって難しい面もあるのですが、お近くの大社教の教会か神社にご相談なさって下さい。
Q21 出雲大社教に入ったら、毎日なにかやらなければいけないのですか?
また、なにか必要な条件とかあるのですか?
A 当分祠では強制的な義務とか条件というのはありませんが、教会講社によって導き方が異なりますから、それぞれの先生のご指導にしたがわれるのがよいのです。
ただ、人間が幸福になるためのまことの道に入ったのでありますから、「報本反始」即ち本に報い始めにかえるということを守って、出雲大社御玉串をお祀りし、御親の大神様である大国主大神の御神威を朝夕に感謝・敬拝すべきです。
そして、大神様にすばらしいご縁をいただいたこと、生かされていることを心の底から感謝出来るようになったととき、自然に「まめびと」として世のため人のために御恩報じの「みかえし」が出来るようになるでしょう。