◆  新 着 情 報  ◆

出雲大社の御土
〜 塩砂に秘められた力 〜

神道には土地をつかさどっている大地主神という神様がいますが、実は大国主大神の別名なのです。大国主大神が天照大御神に国土奉還された後には、土地の災禍から守ってくれる大地主大神という守護神だったのです。
出雲に残る古代信仰と最近のスピリチャルとの違いは、どこにあるかみてみましょう。

はじめに
 出雲大社の氏子の中には「宮こがれ」と自称する信仰に徹底した方が、今でもいらっしゃいます。若い方の中には「父は生前に宮こがれを自負しておりましたが、私にはとても…」と言いつつも、ご尊父様同様に欠かさず参拝されていらっしゃります。最近では、少しずつ形は変わるものの、その根底にある心に不変性を感じられます。 そうした人々が、必ずと言っていいほど持参している物があります。それは「汐(塩)汲みタゴ」と呼ばれるもので、今風に申せば「ミニ祓具」です。お宮参りの始まりは、先ず稲佐の浜でタゴに海水を汲み、道中にある神社を参拝しつつお清めを行い、また自分自身を祓う「自祓い」も行います。
 詳細なしきたりについては省きましたが、こうして祓いを重ねることによって、清浄さを保ち、規則正しい生活こそが、安心して幸せな日々が過ごせると信じています。

塩水の前型は塩砂か?
 海水、つまり塩水を用いた祓い方の以前は、塩をたっぷり含んだ塩砂が用いられていたと思われます。
 今では見られなくなりましたが、以前は「カキトリ」というのがありました。カキトリとは、家族の中から重病人が出て、医師から助からないと判断されると、家族の一員が灘下りして、裸になって海に入り、両手でしっかりと砂を握ったらそのまま振り返らずに大社へ裸参りをします。その砂を出雲大社八足門前にそっと立てて、砂が立てば病人は助かり、崩れれば医師の判断が正しかったと覚悟します。
 これは、病人の信心の深さとカキトリをする家族の親愛さが、神に通じて助かりはしまいかと祈ることと、また帰幽(亡くなること)後の安楽を願っての信仰と言われ、この例のように重大な場面では、塩水ではなく “塩砂”が用いられます。

祭祀と砂
 出雲大社には、古伝をそのまま踏襲している祭祀が現在でもあります。
特に顕著なのが、六月一日の涼殿祭(まこも神事)と八月十五日の神幸祭(みにげ神事)にみられます。これらの神事では祭場から祭場へと移動しますが、その道中には立砂が敷き施され、この立砂が祭場間をつなげる架け橋の役割を担っています。これは、神様が御幸をなされる道標である事と同時に穢れのない清浄な土地である事の証拠でもあります。
 また、八月十五日の神幸祭には、御砂そのものが神前に神饌同様にお供えされ、カキトリされた塩砂には、単に清浄な砂という以上に何かしらの霊力あるいは呪力の源泉が秘められているようにも窺えます。

出雲屋敷と御土かえ
 出雲大社では、こうした塩砂を「御土(おつち)」と昔から称して、大社・氏子ともに特別視してきました。
 海中から採ってきた塩砂を天日で数日乾かし、これを御本殿北側、八雲山の麓にある「素鵞社(そがのやしろ)」に持参して参拝します。この時、持参した砂をお供えし、かわりに素鵞社の御土を頂くか、あるいはお供えした砂をそのまま持ち帰ります。
 持ち帰った御土は、自宅の敷地の四方に埋めたり、柱の下に埋めたりします。これによって土地が清められ、金神の災禍や方位の障りが塞がります。また、清らかな土地に建つ家屋も清らかになり、土地や家屋の災いがなければ、家が栄える条件が整います。
 冒頭で氏子の話をしましたが、氏子達の信仰は、個人的な信仰にとどまらず、自宅の敷地を御土かえして、清浄な屋敷とし、家族の繁栄を願う事と子々孫々とお宮に仕えることを願います。これを「出雲屋敷」と呼んでいます。
 明治五年から出雲屋敷の地鎮祭に用いる御土(鎮め物)は、必ず出雲大社で祈念されたものが授けられるようになり、現在では、大社町内では常識化しておりますが、出雲屋敷は大社町のみならず、広く全国的に信仰されております。

「金神そこのけ国造が通る」
 山陰地方は、特に出雲信仰の篤い地域であり、出雲大社の千家宮司を「国造(こくそう)様」ともお呼びしています。
 千家家の遠祖は、天照大御神の第二の御子神である「天穂日命(あめのほひのみこと)」であり、国土奉還の際には大国主大神にお仕えする聖職に就かれました。また、大国主大神が修めていた祭祀を国造様が代わってお仕えする古伝から「御杖代(みつえしろ)」という称号もあります。つまり、“天穂日命”であり、 “大国主大神” が憑依する御杖代でもあります。
 大国主大神は、国土経営された御神蹟から「大地主大神(おおとこぬしのおおかみ)」とも仰がれ、したがって御杖代である国造様が巡教で各地をお通りになられる時、先祓いが細心の注意をはらっている様子から「金神そこのけ国造が通る」という道歌が歌われるようになったのでしょう。
 同じく、出雲信仰の大神神社にも「鬼門・金神そこのけ三輪の神」という道歌があり、昔から大国主大神は、土地や方位の災いや障害の一切を除去される、最高の守護神なのです。